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ゴミ記事問題~記事作成者にも責任はあるだろう

Qiitaにこのような記事を見つけました

qiita.com

結論が最初に書いてある親切な記事なのでぱぱっと読んでいただけると嬉しいです。なお、以下斜線部はすべてこの記事からの引用です。

「ゴミ記事」の判定とフィルタリングはGoogleとそのユーザーの責務とありますが、果たして「ゴミ記事問題」は読み手側のみに解決を求める問題なのでしょうか。記事は「ゴミ記事」の定義として次の5つの特徴を羅列しています。

  • レベルが低い(入門者向け)
  • 自分用のメモ(体系立っていない)
  • わかりにくい(文章が下手)
  • 情報が古い
  • 内容が間違っている

なるほど。どれも読み手側が記事を読む上で注意しなければいけないことばかりのように見えます。しかし、書き手側に問題がないのかというとそうでもないのです。書き手は記事には価値があることに確信を持ち、内容に不確かがないことに責任を負う必要性があるはずです。
ここで言う「記事の価値」とは、地球上に誰か一人は必要としている人がいる(将来的に現れるだろう)ということです。ぶっちゃけ忘備録的に作ってるなら世界中の誰もが必要としてなくても、書き手にとって価値があるので全く問題がないと思ってます。ただ、いくら自分用といえど情報発信者として最低限の説明は備えるべきです。どんなウェブサービスかにもよると思いますが、少なくともQiitaは個人の落書き帳ではないです。
そして、内容の正確性には責任を負うべきです。これは必ずしも間違いをするなと言う意味ではなく正しいと確信したものを書き、参考文献があるなら出典を明記し、あとからそれが間違っているとわかればすぐに記事の編集を行うべきであるということです。間違った情報をわかっていながらそのまま垂れ流すのは間違いなく害悪です。


と書き手側の責任も私なりに述べました。しかしながら、私も今まで記事を書いていた人がこの「ゴミ記事」問題を機に記事を書くのをためらう事があってはいけないと思っています。それは機会損失でしかなく、世界中がつながるウェブという存在そのものの価値低下です。


記事は書いてください。ただ、責任も多少は持っていただけると健全なものになります。